手段の目的化

 私の趣味は資格取得です。私のような人間に対して、 度々次のようなことが言われます。 「資格を取っても活かさなければ意味がない。 手段が目的化してるね」と。 一般に、資格は仕事をするために必要なものですから、 確かに、その指摘は、ある意味では正しいと思います。 しかし、得意げに話す人が多いもんですから、 ここいらで私の意見を述べておきます。

 そもそも、手段の目的化は、 非難されるべきことなのでしょうか? 考えてもみてください。世の中には、 手段の目的化と呼べる事例は数多く存在します。 一例を挙げるなら、グルメですね。 「食べる」という行為は、本来は 生命を維持するために行われるもののはずです。 そうであるなら、安くて栄養価の高い料理こそが 最も尊ばれるべきでしょう。ところが、 現実には、高価な食事をすることが 一種のステータスになっています。

 価値観が多様化している現代においては、 ある人にとっての手段が別のある人にとっての 目的となるのは、自然なことではないでしょうか。 そうだとすれば、手段の目的化だけでもって 非難するのは、自分と異なる価値観を受容できない、 と自ら宣言しているようなものです。

 私の意見は至極尤もであると自負していますが、 一般には、手段の目的化→非難の対象、 と狂信している人が多いように見受けられます。 もうちょっと頭を柔軟にして欲しいところですね。


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