独学は毒学!?

はじめに

 「独学は毒学」と言われることがあります。 これは、独学は誤った理解をしたり、いたずらに勉強に 時間を費やす、といったことを意味します。確かに、 筋の通った主張です。しかし、それはあくまで、 イメージであって、実際に「独学は毒学」と主張する 人の思惑通りになるのかはまた別の話です。 そこで、筆者の経験をもとに、考察を試みることにします。 なお、この考察は、資格の受験に限定したものです。

独学とは

 まず、独学について定義しておきます。 独学とは、通学・通信を問わず、 学校の講座を受講しない学習を指します。 では、具体的に独学をする人は、どのようなテキストを使うのでしょうか。 それには、大別して次の二つがあります。

1.学者の書いた専門書(基本書)
 特定の資格の受験用に書かれたものではなく、 学問分野ごとに編纂されたテキストです。 資格の受験には直接関係のない知識であっても、 その知識が得られることで、理解が深まるなどするので、 一定のメリットはあります。ただし、受験勉強の効率性からすると 過度の使用は避けるべきです。

2.資格の学校などが発行している市販教材
 日常学習用にも使えますが、 資格の受験のためだけに書かれたテキストといってよいでしょう。 主に解りやすさと効率性を追求しています。 したがって、受験勉強では、こちらをメインに使用します。

以上で、独学の学習方法が整理できました。 ところで、学校の内部教材とどう違うのか、 多くの人が関心のあることだと思います。 そこで、次節は、資格の学校について説明します。

資格の学校とは

 資格の学校とは、資格試験の合格に必要十分なサービスを提供するところです。 一定の課程を修めて卒業する専修学校(専門学校)とは区別されますし、 そもそも卒業の概念自体がありません。そこで、混同を避けるために、 よく「(資格)予備校」と称されます。
 さて、資格の学校の講座では、どのようなテキストを使っているのでしょうか。 当該講座のためだけに編集されたテキストもありますが、実は市販している テキストをそのまま使用しているケースも少なくありません。 また、内部教材に関しても、市販されているものと遜色ないと考えていいでしょう。 ただし、これはあくまで市販教材が充実している場合の話です。 例えば、会計基準が毎年変更されているような現状においては、 公認会計士試験の市販教材は充実しているとは言いがたいです。

具体的な比較

 例外を除けば、教材に違いがないことはわかりました。 では、独学と資格の学校を利用する方法の相違点はどこにあるのでしょうか。 容易にわかることですが、講師の存在の有無にあります。 ここで、「はじめに」でなされた問題提起に戻ってみましょう。 「誤った理解」に関してですが、講師のする授業を受ければ、 誤った理解をしないのでしょうか。私の経験では、 テキストと比べて、格段に解かりやすい授業というものはありませんでした。 そもそも、テキスト自体が解かりやすいのであって、 講師はそのテキストの要点を強調するに過ぎません。 つまり、独学であろうとそうでなかろうと、誤った理解をする危険は常にあるし、 その危険が軽減されることがあったとしても、 それがために独学を毒学と称するにまで至る論拠に乏しいと考えます。
 次に、「時間の浪費」ですが、これはむしろ資格の学校の方が 時間を浪費しているでしょう。通常、講座がスタートするのは、 試験日よりかなり前です。学習に充てられる時間には、 人それぞれ違いがあるし、また理解度にも違いがあるため、 比較的余裕をもってスタートしているのです。 勉強に専念できる学生にとっては、 あまりにもゆったりしたペースといえるのではないでしょうか。 学習期間を長めにとると、学習効果が低くなることは 皆さんも経験からわかるはずです。「最初やったところを忘れた」 という言葉を耳にしたことがあるでしょう。まさにそれです。 ちなみに、比較的短期間のうちに何回転もさせるのが、 効果的で効率的な学習です。
 
結論

 以上より、「独学は毒学」ではないと考えます。 しかし、以上の考察からは、資格の学校を利用する意義が まったくないように思われるかもしれないので、補足しておきます。 積極的には、市販教材が充実していないとか、 特殊な技能を身につけなければならない場合には、 予備校に頼らざるを得ません。消極的には、 勉強仲間が欲しいとか、何らかの動機付けに その意義が求められるでしょう。

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